こちらのつづきです
>>松本観光1日目の夕食は炉端焼き
60代夫婦で松本を観光してきました。
松本城はもちろん素晴らしかったけれど、
今回最も心に残った「旧開智小学校」のお話をします。
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「旧開智学校」国宝指定おめでとうございます!
松本城見学の後、観光案内にあった「旧開智学校」に行きました。
「旧開智小学校」は松本城のすぐ裏手、徒歩5〜6分位の距離です。
入場料は大人300円。
料金設定もとっても地味なんです。
でもその展示内容には、明治時代の松本の方々の教育への情熱が溢れておりました。
教育内容が昭和になると一気にキナ臭くなるのが残念です。
教科書の展示や当時の子どもの絵からリアルに解ります。
良く残っていたなぁ・・と感心するのと同時に
こういった文化財は是非国で守ってほしい!と思いました。
ところが帰ってから「開智小学校」が国宝に指定されたと新聞にありビックリ!
すごく嬉しかったです。
私達とてもタイムリーな観光ができました♪
現在は駐車場が満車になるほど賑わっているそうです。
(もともと20台分しかないのですが・・)
国宝になったからって、メチャ安い入場料金変わらないで欲しいわ。
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「旧開智学校」を観て感動したところ
「旧開智学校」は明治9年4月に完成した日本で最も古い小学校です。
昭和38年3月まで約90年間使用されたのですって!
詳しい歴史などはこちらでご覧ください
>>「旧開智学校」まる博ホームのページ
以下は私が「旧開智学校」を観光して感じたことです。
まず外観を見て驚きました!
洋風とも和風とも中華風?ともいえない妙な外観。
なんじゃこれ?って感じです。
お城みたいな教会みたいな洋館みたいなラーメンどんぶりみたいな・・
太ったエンゼルがやたら可愛い。
すごいです。
私は文明開化時代のやる気感が凝縮されてると感じました!
〝擬洋風建築〟というんですって。
大工の棟梁が頑張りました
明治になって偉い人たちが建てた洋館って、外国の建築家が設計したものが多いです。
岩崎邸を設計したジョサイア・コンドルや
帝国ホテルのフランク・ロイド・ライトなどが有名です。
そんな中、「旧開智学校」は大工の棟梁が設計しました。
立石清重(たていしせいじゅう)さんです。
彼は本格的な西洋建築を学んではないけれど、
沢山の建物を見て研究し、この学校の設計図を引いたそうです。
どんな境遇の者にも教育の門を開こうとした
開智学校には特別学級があったそうで、その写真が展示されていました。
あらゆる子に教育の門を開こうとする大人達がいたのですね。
※写真は旧開智学校の展示物より引用させていただきました。
例えばこれ何してるところか解りますか?
衝撃的!・・寝てますよね・・
林間学校なんですって。
虚弱児のために夏休みの間、行われた林間学校の様子です。
先生が中央の絵を使って歴史や動植物のお話をしたそうです。
こちらは奉公人の子ども達がそろばん授業を受けているところです。
家具屋さんの奉公人でしょうか、はっぴに店の名があります。
特別学級は奉公先の主人の許しが必要です。
子守り奉公の女子のクラスもありました。
奉公先の赤子をおんぶしたままの授業です。
校庭で輪になって手をつないで歌っているのでしょうか。
赤ちゃんをおぶったままですよ。
松本に子守りにくれば学校に行けると、
岐阜や富山、新潟から子守りがやってきたという話もあります。
でも奉公等のために欠席が多く卒業生は1割程度。
残りは退学処分になってしまったそうです。
卒業できた人の答辞が展示されていました。
一生懸命学んだ字で書いた答辞です。
この方は卒業できて良かったですね。
子どもにとっての過酷を払えるのは大人
旧開智学校を観て、この学校を支えた人達の優しさを感じました。
それと同時に思ったのはこんなことです。
今は皆が学校に行ける時代ですが貧困家庭とか不登校とか色々ありますよね。
子どもにとっての過酷は、いつの時代にも姿を変えてあるのかも知れません。
子どもの過酷を払える大人になりたいです・・
ってもう60になってるんですが。
とりあえず孫保育ですね。
最後までお読みいただきありがとうございました。
つづく
お出かけ記事をまとめています
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